そんなことがたまらないのだ

友人は就活真っ只中で、何かと忙しい。僕は就活とはかけ離れた生活をしているからよく知らないが、忙しいのは何も友人だけではなく、就活生はみんなそうらしい。みんな人生の岐路に立っているかのようで、これが成功するかしないかで彼等の人生は大きく変わるらしい。友人もご多分に漏れず、就活失敗に怯えながら生活している。ただそんな中でも多少ポジティブな話もあって、それは地元で就活をしていると昔の友人と再会するケースが多い、ということらしい。中学時代仲の良かった友達と久しぶりに会って就活に対する不安を語り合ったり、なによりも昔の知り合いの女の子に就活の話を餌にして連絡する絶好のチャンスらしいので、そういう意味でも就活は盛り上がりを見せているなあと、友人の話を聞きながら思ったりしている。

『Aくんの場合』

友人は地元で就活をしていると中学時代の友人Aくんと再会して、それ以来頻繁に連絡を取り合っているらしい。僕と友人は同じ中学だったので、もちろんAくんのことは僕も知っている。

「あー、Aくんね。あまり良いイメージはないけど」

「俺もそんなにだけど、喋った感じだとやっぱり多少は大人になってるなって感じだったよ」

連絡を取り合っているとほとんどお決まりの流れだが、今度飲みに行こうという話になる。先日、僕と友人がオリックスの試合をテレビ観戦しているとAくんから友人に電話がかかってきた。

「あー、今日どこで飲む?てか他にも誰か誘う?」

「いまシミズくんといるけど、こっちの方に来れたりしない?」

「あー、そうなんだ。うーん、できれば駅の方がいいけどなあ。ちょっと待っててね。」

一度電話を切った友人に勝手に名前を出されたことを怒りはしたが、とにかく僕も一緒に行くことになってしまった。友人以外の人間の言葉に多少警戒してしまう状態の僕は、多少のめんどくささはあったが、お酒を飲んで適当に騒いでいればいいか、と無理矢理気持ちをつくってAくんからの電話を待っていた。30分ほど経って友人の電話が鳴り、Aくんから電話がきた。

「今どこ?もう駅にいるんだけど」

「え?なんで駅にいるの?」

「は?駅って言ったじゃん。むかってないの?」

「え、まだ決まってなかったよね?」

「は?もう待ってるんだけど」

「えー、じゃあちょっと待ってて」

Aくんが急に、露骨にマウントを取ってきたこと、特にこちらを威圧するような「は?」という言い方に最悪な気分になった僕たちは、それから1時間後くらいに『自転車がぶっ壊れた、すまん』とだけメッセージを送って、二人でビールを飲みながらいつも通りオリックスの負け試合を見続けていた。

『Nさんの場合』

同じ中学に通っていて、3年間仲の良かったNさんという女の子がいる。Nさんとは成人式以来たまに連絡を取り合っていて、その流れで一度二人でご飯を食べにいった。お互い音楽が好きということもあって、僕はNさんと久しぶりに話すのが楽しかった。

先日、別の就活中の友人から電話がかかってきて、Nさんと会ったという話を聞いた。その友人は同じ中学ではないのでNさんのことは知らなかったのだが、就活中、たまたま隣にいて話しかけてみたらシミズの知り合いのNさんだった、という偶然らしい。

「いや、なんかたまたま話しかけてみたらシミズの中学の同級生だったからビックリした」

「マジか、すごいな」

「まあシミズが仲良くしてる相手ってことは悪い人じゃないんだろうなって思って、結構喋ったよ」

「なんだそれ、最高だな」

その話を聞いた後、Nさんに連絡してみた。近況を聞いてみると、彼女もご多分に漏れず、就活がつらいと嘆いていた。そしてお決まりの流れだが、また遊ぼうという話になった。具体的な話はしなかったのだが。

先日、僕は駅近くで用事を済ませた後、誰かとご飯食べたいなと思い、Nさんに電話をしてみた。残念ながら電話に気づかなかったらしく、後からメッセージがきた。

『ごめん!気づかなかった!どうしたのー?』

『暇だったら一緒にご飯でもどうかなと思って』

『そうだったのか!ごめんね、ちょうどさっき食べちゃって…。今日は無理だったけど、また今度行こう!』

Nさんの言う『また今度』は、確実に実現する『また今度』なので、こんなやり取りでも、とても心地がいい。そもそも、前回はNさんの方から誘ってくれてご飯を食べに行き、その帰りに「また遊ぼうね」と言ったのに、それから1年半ほど経ってしまっていた。今度は僕から誘って、ご飯でも食べに行きたい、と何の義務感も無く、明らかな純粋さで、思ったりする。こんな文を書いている時には、就活中の彼女のことを、祈るような気持ちになったりする。こんな純粋さが、こんな名前を付けない関係性が、こんな変哲も無いやり取りが、僕にはたまらないのだ。