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思い出話と最近、これからのこと

なぜか急に思い出した話があって、別になんてことないのだけど、ちょっと書こうかな。

 

高校3年生の終わりごろにすどうさんと付き合いはじめたのだけれど、当時は別にすどうさんと性行為をしたいとか微塵も思っていなかったし、したくなかったくらいだ。好きな女の子と少しも性行為をしたいと思わないのはどうかと思うのだが、これには理由がある。一般的に「したい」「別にしなくてもいい」のどちらかが多い気がするのだが、僕はなぜしたくなかったのかというと、その前に付き合った女の子の性のイメージが深く心に刻まれているからだ。

その当時の僕の思考のメカニズム

性行為をする→徐々に動物的な欲望の世界へと引きずり込まれる→心よりも身体を満たす関係を求めるようになる→浮気される→僕らの関係が終わってしまう

彼女が未経験だったこともこの思考に至らせる要因のひとつ。単純に欲望に溺れる姿が汚くて滑稽なものだとも考えていた。当時の思考です。

そんなこんなで「したくない」派の僕だったけど、ある日遊ぶ約束をしているとすどうさんの方から「じゃあウチに来ればいいよ〜」というような提案が。僕は童貞ではないし、さすがに彼女の家に行ってふたりきりになったら何かが起こる可能性があることくらいわかる。それは向こうもわかっているはずで、そうしたら彼女を傷つけないためにも自分はなにをしなければいけないかはハッキリしている。こんな状況、「したい」派の人にとってみれば絶好の機会なのだろうけど、何度も言うように僕は「したくない」派なので、これは困る。ただせっかく(おそらく勇気を出して)提案してくれているのを簡単に断ることもできないし、なんやかんやで彼女の家に行く約束をしてしまった。それからの僕はその日をどう乗り切るか、解決策を見つけるのに必死。たしか約束してから彼女の家に行く日までの間でコウヘイと会ってるのだけど、そんな相談をした気がする。今考えるとちょっと面白かったりする。それでコウヘイの答えは「彼女がそういう行為を望んでいるとは限らないし、もしそうであってもほんとうにシミズのことが好きなら待ってくれると思うよ」みたいなものだった気がする。余談だけど。

それで自分としてはかなり覚悟を決めてその日を迎えたわけだけど、その日は彼女と一緒にカレーを作って一緒に食べて、彼女が好きな番組の録画(ヒルナンデス)を見て、それから彼女に肩ずん(肩ずんっていう言葉を僕はその日はじめて知ったのだけど)されて、別々に寝て終わり。結局肩ずんとかの流れでギュっと抱きしめるとかはしたけど、別にそういう雰囲気にもならずに平和で温かい(アツアツな)日で終わった。杞憂でしかなかったなあ。

後日談的なもので、その後何回か彼女の家に行ったりしていたのだけど、あるとき僕の前の彼女の話をする機会があって、冒頭で話したような思考のメカニズムがあるというような話をしたら「そんな過去があるとは知らなかったけどシミズくんは一緒にいても絶対に強引に襲ったりしない優しい人だってずっと思ってたよ、だから安心していつもたくさん寝ちゃう笑」と言っていました。結局僕らは関係が終わるまで一度もそういう行為はしませんでした。いろいろと難しいんだなあ。

 

こんな魔法のようなシーンを思い出して喜びと悲しみに満たされたりしているシミズです。

 

最近すごく考えていることがあって、それは今後のことにも響いてくるものだと思うから一回ちゃんと整理しておきたい。自分でもよくわからなくなってる部分。ちゃんと整理できるまで新しい歌詞は書かないようにします。支障がない程度に頑張る。

 

それと2016年ベストアルバムやるなんて息巻いていたけど、少しめんどくさいので順不同とかで何枚かあげる程度にするかも。もういろいろとよくわからないな。

 

今の段階で言えることなんかなんの保証もできないけど、僕は「信じる力」っていうものがほんとうに、ほんとうに大切なものなのではないかと思ったりします。魔法のようなシーンを、信じる力。混然とした美しいものを、信じる力。そんなことを考えたりして、2016年を終えそうです。