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杞憂でありますように

とてつもない絶望感に襲われ心が苛まれている

 

アクセルを踏みすぎて向こうが見えてしまった。わずかに残っている希望は向こうの見えない花束のようで。「意味のない言葉を繰り返すだろう」というフレーズが痛い。アプローチの仕方で補えるのだろうか。俺は自分自身の方向性を示さなければいけない。常に自分の商品価値を意識して生きてきたから下手なことをしたくないという思いが強い。

「夢を見る力なくしていたんだろう?それでも誰か信じたかったんだろう?」

「明りをつけて眩しがるまばたきのような鮮やかなフレーズを誰か叫んでいる」

すべてが杞憂でありますように。

 

ふたり組の関係性に憧れる。お笑いコンビはもちろん、フリッパーズギターの小沢と小山田、シャムキャッツの中の夏目と菅原、他いろいろ…挙げればキリがない。俺には無理だと思ってた。無理ではないことを自分自身に証明したい。ふたりの絶妙な関係はとても美しい。少し違ってくるが男女も似たようなものだと思う。「僕と君」における「君」は必ずしも女とは限らない。「僕ら」の場合、僕にとっては少なくとも「クラスのみんなで団結」的な意味ではない。

 

この絶望、シャムキャッツのせいだと言ってもいいと思う。今の自分限定で言うと、この曲とThe Radio Dept.がベスト。

 

The Fin.やらSuchmosやらミツメやらそれこそAwesome City Clubになんかなれるはずないのはわかってる。スカートも無理だ。俺はシャムキャッツになりたい。

「なれたら君のように 僕は誰にもなれないまま」

 

同世代への意識。Mura MasaやHiNDSは最高だ。

 

EDMでひたすら踊りまくってる大学生にならなくて良かった。音楽と精神性。精神性をできるだけ削ぎ落とした音楽(僕はそう捉えてる)ももちろんいい(実際好きなアーティストを挙げればキリがない)が、僕にとって音楽と精神性の関係はとても重要だ。

 

「穏やかな日のふたりはどこへ消えたの」

ほんとうに教えてくれ。

 

「過ぎて行く日々をふみしてて僕らはゆく」

 

 

 

 

スヌーピーと一緒に寝てるから怖くないさ