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遠くまで旅する恋人に

2月も終わりに近づいて、街はそろそろお別れムードに入ってきている。さよならが苦手な僕は、すぐそこで待っている女の子とのお別れのシーンを何度も想像して、多少先走っている感もある涙を流したりしている。

その歳上の女の子と出会ったのは僕が高校2年、女の子が大学1年のときで、彼女はバイトの先輩だった。いつも僕の話に出てくるすどうさんよりも1年ほど前に出会っている。17歳。バイト先でもほとんど人と喋らず、フリッパーズで言うところの「孤独なロンリーボーイ」状態だった僕が、唯一話してみたいと思ったのがその女の子だった。別段目立つようなタイプではなく、かと言って僕と同じような「孤独なロンリーガール」だったわけでもない。なぜ彼女と話してみたいと思ったのかはわからない。顔は確かに可愛いのだけれど、そんなことは理由にならない。「どこが好きとか、どこに惹かれたとか、そんなの全部後付けよ。まずはフィーリングなのよ、きっと。それを多少強引にでも言語化したものがどこが好きとかそういうものなのよ」と、ある人に言われたことがある。きっとそういうことなのだと、僕も思ったりしている。

はじめて話しかけたときのことはよく覚えている。冬の寒い日、甲府では激しく雪がふっていた。その日のバイトを終えて控え室にいくと、女の子が座っていた。僕が話しかける。

「雪、すごいですね」

「ね、甲府もこんなに雪ふるんだね」

「ふりますよ、普通に」

「帰れるかなあ」

「うーん、どうでしょう」

確かこんなものだった気がする。大した話はしていない。その日はそれ以上話すこともなく、会話が終わるとすぐに家へ帰った。

それからバイトを辞める日までに、それなりに仲良くなった。バイトを辞める直前にすどうさんと付き合いはじめたのだけれど、最初すどうさんに「シミズくんは◯◯さんのことが好きなんだと思ってた」と、女の子との仲を疑われたことがある。僕が大学生になってからも、頻繁に連絡を取り合っていた。

ひとつひとつ振り返っていたらキリがないのだけれど、すどうさんと別れたときやその次の彼女と別れたとき、まず救いを求めにいった、もしくは求めたかったのはその女の子だった。なぜなんだろう。これもフィーリング的なやつなのかもしれない。僕が一方的に喋りたいことを喋ると「うーん、そうかあ、シミズくんは大変だねえ」と、とてもゆるーい声で必ず言ってくる。多分その言葉を、僕は聞きたいのだ。

この半年間ほどのことは、ここのブログでも何回か書いている。

正直な気持ちを書くと、僕は女の子とお別れしたくない。「お別れなんて距離的な問題であって、今の時代電話でもメールでもLINEでも連絡は取れる」と言われそうだが、そういうことではないのだ。僕は、女の子が社会人になって、僕らが出会ったこの街から女の子がいなくなることがたまらないのだ。ずっとこのままが続いてほしいと、幾度となく考えた。

誤解されがちなのだが、僕らは付き合っているわけではない。お互いがお互いのことを好きってわけでもない、と思う。嫌われていないことだけは確かなのだけれど。でも、もうそんなことはどうでもいい後付け、口実なのであって、それこそフィーリングなのだ。2人で過ごした時間は、僕にとっては魔法のシーンだった、それだけの話。

僕らが手を振りあったあとのシーンを想像する。きっと僕は小沢健二の「ぼくらが旅に出る理由」や「さよならなんて云えないよ」なんかを聴きながら涙を流すのだろう。そしてそれは、とても素敵なシーンなのだろう。これからずっと残り続けるような、美しいシーンなのだろう。

「遠くまで旅する恋人に あふれる幸せを祈るよ 僕らの住むこの世界では 太陽がいつものぼり 喜びと悲しみが時に訪ねる 遠くまで届く宇宙の光 街中で続いてく暮らし 僕らの住むこの世界では 旅に出る理由があり 誰もみな手をふってはしばし別れる」(ぼくらが旅に出る理由/小沢健二)

「美しさ ポケットの中で魔法をかけて 心から 優しさだけが溢れてくるね くだらないことばっかみんな喋りあい 町を出て行く君に追いつくようにと強く手を振りながら いつの日か 長い時間の記憶は消えて 優しさを僕らはただ抱きしめるのか?と 高い山まであっというま吹き上がる 北風の中 僕は何度も何度も考えてみる」(さよならなんて云えないよ/小沢健二)

 

僕のブログは公開している文章の数よりも、下書きに保存されたまま公開されない文章の数のほうが圧倒的に多い。公開するしないの線引きみたいなものは特になくて、そのときの気分だったりする。この文章は、もともと公開する予定ではなかったものだ。結局公開したのは、気分になにかしらの変化があったからだろう。この文章を書いたあと、女の子からLINEがきた。

「日曜日引っ越しなんだよね…もうそんな時期なんですよ…」

 

個人的な記録(2017年2月20日)

小沢健二が新しい愛(メッセージ)をもって僕らの世界に戻ってくる。これもひとつの魔法。故に嬉しいやら怖いやら。並行世界、まだ掴めていません。少しずつ考えます。ありがとうございました。

 

「この愛はメッセージ 僕にとって祈り 僕にとって射す光 いつだって信じて!」/戦場のボーイズ・ライフ

「ぼくらの住むこの世界では 旅に出る理由があり 誰もみな手をふってはしばし別れる」/ぼくらが旅に出る理由

「この線路を降りたらすべての時間が魔法みたいに見えるか 今そんなことばかり考えてる 慰めてしまわずに」/ある光

「もしも間違いに気がつくことがことがなかったのなら?」/流動体について

「神の手の中にあるのなら その時々にできることは 宇宙の中で良いことを決意するくらい」/流動体について

「1つの魔法を あなたに返すよ 値段のない おくりもの それは 未来への魔法」/1つの魔法(終わりのない愛しさを与え)

 

 

歌詞 モチーフ

「清水くんはいろいろ考えすぎないで、もっと楽に生きるさ!」

「〜するさ」というのは静岡では「〜するんだよ」みたいな意味で使われるらしい。「今度あの店行ってみるさ」は「今度あの店に行ってみな」になる。

 

あの頃自分がなにを考えていたのか、ほとんどおぼえていない。でも何回かこんなことを言われた気がする。

「そうなんだよねえ、それはわかっているんだけどねえ…」

「これでも見て元気出すさ!」

と、送られてきたのは彼女が深夜のノリで友人とふざけて撮ったムービー。

「なにこれ笑 めっちゃ可愛いやんけ!」

「あれ!一度送ったものでも削除できると思ってた!残っちゃう!恥ずかしい!」

「どっちにしろ保存したので残ります」

「やめて〜〜〜〜〜〜」

これは実際に僕が体験した魔法のシーン。

僕が考えていたことの1つでおぼえていることがある。

「そうなりたいって願望はあるけど、僕はこの先もずっととか、永遠ってものを簡単に約束できないんだよね。まわりの人たちのように、あしたご飯食べにいこうって約束と同じような熱量で永遠を約束するような真似はできないんだよね。それってとてもダサいことだと思ってしまう。」

「みんな願望なんじゃない?ずっと一緒だよってセリフは、ずっと一緒にいたいよ、それくらい君のことが好きなんだよって意味なんじゃない?わかんないけど、みんなそんなに重く考えてないよ。」

「永遠なんて信じてないでしょ?私も信じてないよ。でも今楽しいからそんなことも考えたくないの。だめかなあ?」

彼女は明確な思想のもとで発言していたわけじゃないけれど、今になって彼女の言葉が心に刺さる。もちろんそんなに単純にってわけにはいかないのだけれど。彼女が正しかったとか僕が間違っていたとかではなくて、でも彼女が言いたかったことは正しいような気がしている。

「清水くんはいろいろ考えすぎないで、もっと楽に生きるさ!」

この言葉も、彼女が言いたかったことは正しいと思っている。もう少しはやく気付きたかったのだけれど、彼女がいなくなってから気付いたことだからしょうがない。

ベタなジョークをベタだと認識しながら笑いあえる関係は素敵です。

 

最近はこんなようなことをひとつのモチーフにして歌詞を書いてます。自分のスタイルです。ありがとうごさいました。

 

近況

「もっといろんなことを許せたらな」とよく思うのですが、それはもうなんていうか、諦めみたいなもので。いろんなことを諦める行為というよりは、そのムードが怖いのですがわかりますか?

こんなことは悩み多き20歳のその悩みの1つでしかないのですが、そのムードとやらをどうやら最近自分が纏っているのではないかと考えて混乱しているので、特に意味はないのですが一応ここに書いておきます。

 

優しさからの嘘ってほんとうにあるのだなあと思いました。諦めからの優しい嘘のような気がしているのですが、自分の中では感覚的に正解っぽいので受け入れることにしました。ありとあらゆるものを受け入れたいという思想です。詳しく書くと長く、なによりつまらないので今は書きません。

 

もう1ヶ月くらい前の話ですが、成人式に行ってきました。そうしないとキツかったので1日中お酒を飲み続けました。いろいろなジャンルの事件があったので、今度話を聞いてあげてください。同窓会というあの特殊な空間はわりと面白かったです。ここ5年くらい、友人の女の子にはだいたい「清水くん」と呼ばれていたのでそれに慣れてしまっていたのですが、同窓会でたくさんの人に名前で呼ばれて、やっぱり名前で呼ばれたいなと単純に思いました。それだけ。

 

最近自分のある思想を、ようやく言語化することができました。

 

更新ペースが遅いのにも関わらず、ちょくちょく気にしてくれている方がいらっしゃるのが純粋にとても嬉しいです。今度ご飯にでもいきましょう。

 

この前、「本当」を自分の言葉で紡いでいたら涙が出てきました。歌詞って面白いし、もちろん音楽も大好きだし、僕は混然としたものだと思っています。すべてが。

 

また近いうちに文章書きたいという欲はあります。ありがとうごさいました。

バンドのことなど

冬になると、夜中にわざわざ外に出てAztec Cameraなんかを聴きながらタバコを吸います。今年で3年目です。

何人かの友人を2016年に置いてきてしまったなあと思っていたのですが、自分が思ってた以上にたくさんの人を置いてきてしまったみたいです。昨日人と喋りたくなって「そういえばあの話まだあの子にしてないなあ」とか思って電話をかけようとしたのですが、よくよく考えたら2016年に置いてきてしまった(置いていかれた?)ので結局ひとりでSNSで暴走する憐れな人間。年々周りの人間が少なくなっていくので、たまに喋りたくなる話があってもだいたいの人には喋ってしまっているのが残念。例の女の子ともしばらく距離を置いているので(大したことない理由です)2月中旬ぐらいまでは我慢。まあすべて自分のせいなんですけどね。

 

バンドの話をします。2016年に音源を出すことができて良かったです。あの音源は前にもこのブログで書いたようにテーマは「さよならへの反抗」でした。「きっとその瞬間はこれからずっと思い出すだろう。その瞬間、そのシーンにはどうしたってさよならをすることはできないだろう」「それがとても嬉しかったりとても苦しかったりする(夜という時間に残り続ける)のだけれど、でも僕は夜を越えて優しさにして閉じ込めたい」というようなことを歌っていたのですが、それは今でも変わらずそう思っています。「夜を越えて」という曲はそういう意味でもわりと大切な曲なので良かったら聴いてください。

2017年の予定は、今のところ3月までにもう1つ音源をつくろうと思っています。というかつくっています。わりとペースが早いのは、僕がスピード狂なのと最初の音源でまったく満足していないのと曲ができて歌詞をつけて…というのがわりと楽しいからです。かなり勝負をしているつもり。いろんな面でレベルアップしたいい曲をつくります。どのようにリリースするかはまだ考えてるところです。また詳しいことはそのうちお知らせをさせてください。それと、最初の音源もいろいろ手直しをして、CD-Rとかでフィジカルにして配布したいなあと思っているので3月以降に僕に会う人は貰ってください。お願いします。(ちなみに現時点で欲しいって言ってくれるとかなりモチベーションになるので優しさを振りまいてください。お願いします)

それと2017年はライブをしたいなあと思います。もともとバンドをはじめたとき、僕はそんなにライブに対するモチベーションがなかったのですが今はバリバリあるので頑張ります。辻くんはもとからバリバリありました。

新しくつくっている音源にも手直しして入れる可能性があるのですが、良かったら聴いてください。あと少しで再生回数100回だ…。僕は魔法のようなシーンを信じています。

 

色々な理由でなかなか文章を書けなかったのだけれど、久しぶりに書けて良かった。考えすぎて頭がおかしくなることがよくあるので気をつけよう。

 

 

2016年お気に入りアルバム

2016年のお気に入りアルバム(EPを含む)を25枚選びました。順不同です。

 

・HiNDS 「Leave Me Alone」

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Bibio 「A Mineral Love」

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RadioHead 「A Moon Shaped pool」

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・Japanese Breakfast 「Psychopomp」

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おやすみホログラム「。。。」

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 ・かえる王国「POP'N'ROLL」

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・ふくろうず「だって、あたしたちエバーグリーン」

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シャムキャッツ「君の町にも雨はふるのかい?」

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・ミツメ「A Long Day」

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・Creepy Nuts「たりないふたり

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・王舟「PICTURE」

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Galileo Galilei「Sea and The Darkness

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For Tracy Hyde「Film Bleu」

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 ・蓮沼執太「メロディーズ」

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・Frank Ocean「Blond」

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・Grumbling Fur「Furfour」

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・The Ocean Party「Restless」

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・THE1975「君が寝てる姿が〜〜〜」

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・Whitny「Light Upon the Lake」

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・Jeff Rosenstock「WORRY.」

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・Crying「Beyond the Fleeting Gales」

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・[.que]「Nightfall」

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・[.que]「Daylight」

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・Morgan Delt「Phase Zero」

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・Mutual Benefit「Skip a Sinking Stone」

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思い出話と最近、これからのこと

なぜか急に思い出した話があって、別になんてことないのだけど、ちょっと書こうかな。

 

高校3年生の終わりごろにすどうさんと付き合いはじめたのだけれど、当時は別にすどうさんと性行為をしたいとか微塵も思っていなかったし、したくなかったくらいだ。好きな女の子と少しも性行為をしたいと思わないのはどうかと思うのだが、これには理由がある。一般的に「したい」「別にしなくてもいい」のどちらかが多い気がするのだが、僕はなぜしたくなかったのかというと、その前に付き合った女の子の性のイメージが深く心に刻まれているからだ。

その当時の僕の思考のメカニズム

性行為をする→徐々に動物的な欲望の世界へと引きずり込まれる→心よりも身体を満たす関係を求めるようになる→浮気される→僕らの関係が終わってしまう

彼女が未経験だったこともこの思考に至らせる要因のひとつ。単純に欲望に溺れる姿が汚くて滑稽なものだとも考えていた。当時の思考です。

そんなこんなで「したくない」派の僕だったけど、ある日遊ぶ約束をしているとすどうさんの方から「じゃあウチに来ればいいよ〜」というような提案が。僕は童貞ではないし、さすがに彼女の家に行ってふたりきりになったら何かが起こる可能性があることくらいわかる。それは向こうもわかっているはずで、そうしたら彼女を傷つけないためにも自分はなにをしなければいけないかはハッキリしている。こんな状況、「したい」派の人にとってみれば絶好の機会なのだろうけど、何度も言うように僕は「したくない」派なので、これは困る。ただせっかく(おそらく勇気を出して)提案してくれているのを簡単に断ることもできないし、なんやかんやで彼女の家に行く約束をしてしまった。それからの僕はその日をどう乗り切るか、解決策を見つけるのに必死。たしか約束してから彼女の家に行く日までの間でコウヘイと会ってるのだけど、そんな相談をした気がする。今考えるとちょっと面白かったりする。それでコウヘイの答えは「彼女がそういう行為を望んでいるとは限らないし、もしそうであってもほんとうにシミズのことが好きなら待ってくれると思うよ」みたいなものだった気がする。余談だけど。

それで自分としてはかなり覚悟を決めてその日を迎えたわけだけど、その日は彼女と一緒にカレーを作って一緒に食べて、彼女が好きな番組の録画(ヒルナンデス)を見て、それから彼女に肩ずん(肩ずんっていう言葉を僕はその日はじめて知ったのだけど)されて、別々に寝て終わり。結局肩ずんとかの流れでギュっと抱きしめるとかはしたけど、別にそういう雰囲気にもならずに平和で温かい(アツアツな)日で終わった。杞憂でしかなかったなあ。

後日談的なもので、その後何回か彼女の家に行ったりしていたのだけど、あるとき僕の前の彼女の話をする機会があって、冒頭で話したような思考のメカニズムがあるというような話をしたら「そんな過去があるとは知らなかったけどシミズくんは一緒にいても絶対に強引に襲ったりしない優しい人だってずっと思ってたよ、だから安心していつもたくさん寝ちゃう笑」と言っていました。結局僕らは関係が終わるまで一度もそういう行為はしませんでした。いろいろと難しいんだなあ。

 

こんな魔法のようなシーンを思い出して喜びと悲しみに満たされたりしているシミズです。

 

最近すごく考えていることがあって、それは今後のことにも響いてくるものだと思うから一回ちゃんと整理しておきたい。自分でもよくわからなくなってる部分。ちゃんと整理できるまで新しい歌詞は書かないようにします。支障がない程度に頑張る。

 

それと2016年ベストアルバムやるなんて息巻いていたけど、少しめんどくさいので順不同とかで何枚かあげる程度にするかも。もういろいろとよくわからないな。

 

今の段階で言えることなんかなんの保証もできないけど、僕は「信じる力」っていうものがほんとうに、ほんとうに大切なものなのではないかと思ったりします。魔法のようなシーンを、信じる力。混然とした美しいものを、信じる力。そんなことを考えたりして、2016年を終えそうです。